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大阪地方裁判所 昭和61年(行ク)24号 決定 1986年7月18日

申立人

X1

申立人

X2

申立人

X3

申立人

X4

申立人

X5

右X3、X4、X5法定代理人親権者父

X1

X2

右五名代理人弁護士

中田明男

松井清志

被申立人

大阪入国管理局主任審査官

長谷川清

右指定代理人

松山恒昭

外九名

主文

一  本件申立をいずれも却下する。

二  申立費用は申立人らの負担とする。

理由

一申立人らの申立の趣旨及び理由は、別紙(一)記載のとおり(但し、「相手方」を「被申立人」と改める。)であり、被申立人の意見は、別紙(二)記載のとおりである。

二当裁判所の判断

1  本件記録によると、被申立人が、申立人らに対し、昭和六一年四月一七日付で退去強制令書を発付し(以下「本件令書発付処分」という。)、次いで、右令書の執行として、右同日、申立人らは大阪入国管理局(以下「入国管理局」という。)に収容されたが、右同日、申立人X1を除くその余の申立人らは仮放免を受け、今日まで肩書居住地で生活し、申立人X1については、同月二五日から同年五月二三日まで仮放免を受け、同月二六日から大村入国者収容所に収容中であるが、近日中に申立人ら全員が韓国へ強制送還される予定であることが一応認められ、また、申立人らが、法務大臣及び被申立人を相手方として、当裁判所に対し、法務大臣が昭和六一年三月二八日付で申立人らに対してした出入国管理及び難民認定法(以下単に「法」という。)四九条一項に基づく異議申立を理由なしとした裁決(以下「本件裁決」という。)及び本件令書発付処分の各取消の訴えを提起(当裁判所昭和六一年(行ウ)第三一号)し、現在審理中であることは、当裁判所に顕著な事実である。

2  次に、本件記録によれば、次の事実が一応認められる。

(一)  申立人X1は、昭和一五年八月四日大阪市住吉区桑津町において、韓国人父A、同母Bの間に三男として出生したが、昭和二〇年五月ころ母、兄らと共に韓国へ引揚げ、その後は本籍地の金寧国民学校、同中学校を経て済州商業高等学校を卒業し、以後本籍地において母と農業に従事していた。

(二)  申立人X2は、昭和一六年一月二六日韓国済州道北済州郡旧左邑西金寧里一〇三一において、韓国人父C、同母Dの間に長女として出生し、金寧国民学校を経て同中学校を卒業し、以後出生地において農業に従事していた。

(三)  申立人X1と同X2は、昭和三六年四月四日韓国において結婚し(韓国戸籍への届出は昭和四〇年九月一三日)、昭和三九年九月一二日長女E、昭和四二年一月三日次女Fをもうけ、申立人X1は約二年間の兵役期間を除き、妻である同X2と共に本籍地において農業に従事し、今回不法入国するまで引続き韓国で生活していた。

(四)  申立人X1は、本邦に居住していた父の勧めもあつて、本邦において稼働し仕送りする目的で不法入国することを計画し、妻の同X2も後から不法入国することとし、まず申立人X1が、昭和四三年八月八日ころ、不法入国し、大阪府吹田市○○○町二―五〇所在の父の家(現在は昭和五四年二月七日売買により申立人X1の亡父の内妻G名義となつている。)に身を寄せメリヤス加工員等をして稼働を始めると共に、韓国にとどまつていた妻と連絡を取り合つていたが、昭和四五年、申立人X2を本邦に不法入国させるため、前記Gを韓国へ赴かせた。

(五)  申立人X2は、先に本邦に不法入国していた夫申立人X1を頼つて出稼ぎ目的で昭和四五年一二月三〇日ころ、本邦に第一回目の不法入国をしたが、不法入国後直ちに逮捕され、下関入国管理事務所(現在は広島入国管理局下関出張所)において退去強制手続きを受け、その際偽名を使い、かつ、夫の不法入国潜在の事実を隠したまま帰国する旨の意思を表明したうえ、口頭審理の請求を放棄し、外国人退去強制令書を発付され、昭和四六年七月一〇日に本国へ送還された。なお、申立人Bは、同年三月二四日、福岡地方裁判所で出入国管理令違反の罪により懲役六月、執行猶予二年の判決を受けた。

(六)  申立人X2は、本国へ送還された後直ちに本邦に再度不法入国するため夫申立人X1と相謀り、昭和四七年五月一七日ころ、出稼ぎ目的で、本国に長女、次女を残したまま単身本邦へ第二回目の不法入国を行つた。そして、その後、前記の居住地で夫と同居し、本邦において長男申立人X3、次男同X4、三女同X5をもうけるとともに自らも夫同様前記住居でメリヤス加工に従事した。申立人X2は、昭和五九年七月五日、右不法入国の事実を夫と共に入国管理局に申告したが、それまでは夫と共にひそかに本邦に潜在していたものであり、また、右申告に至つた動機は、不法入国をした隣人が入管当局に逮捕されたため、いずれは申立人らの不法入国の事実も発覚すると思つたからである。なお、申立人X1は、昭和六〇年五月一五日、同X2は、同月三日、大阪地方裁判所において、外国人登録法違反によりそれぞれ懲役八月執行猶予二年、懲役一年執行猶予三年の判決を受けている。

(七)  申立人X3は、昭和四八年二月三日、同X4は、昭和四九年三月二四日、同X5は、昭和五二年一月一〇日、大阪市大淀区内において、申立人X1と同X2を両親として出生したものであるが、申立人X1、同X2は、申立人X3、同X4については申立人X1の父の従弟H、同人の妻I夫婦の間に出生したものと偽つて、また、申立人X5についてはIの非嫡出子と偽つて、それぞれ出生届、外国人登録及び在留資格を取得した上、昭和五六年五月一二日、法附則七項二号に該当する者、すなわち戦前(昭和二〇年九月二日以前)から引続き本邦に在留している者の直系卑属と偽り特例永住許可の申請を行い同許可を詐取したが、両親の不法入国事実の発覚に伴い、昭和六〇年八月三〇日当該永住許可が取消された。

なお、申立人X3は、現在、吹田市立第三中学校二年生、同X4は、同中学校一年生、同X5は、吹田市立第一小学校四年生にそれぞれ在学中である。

(八)  申立人X1及び同X2には、申立人X3ら実子を除き、本邦にその扶養を必要とする親族はいない。もつとも、申立人X2居住家屋の所有者である前記Gは、申立人X1の亡父の内縁の妻であつたものであり、申立人らと同居していたものであるが、同女には、右家屋の一階部分の賃貸料、月額一七万円の収入があるほか、身内として東京都保谷市に居住している妹夫婦がいる。また、本国に残してきた申立人X1と同X2の間の長女Eと次女Fは、申立人X1が生活費を送金するなどして同申立人の義理の叔母であるJ(六五歳位)に養育され、現在は長女が釜山女子大学三年生、次女が大学進学を目ざして浪人中である。そのほか、申立人X1の兄Kが本国に居住している。一方、申立人X2の母D及び弟五名は、本邦に不法入国後、正規の手続により、あるいは本邦で出生後正規の手続により、いずれも本邦在留の資格を取得し、焼肉店の経営、朝鮮学校の教師などをしているが、本国には本籍地に申立人X2の伯母(父の姉)が居住している。

(九)  次に、申立人X1らの財産としては、銀行預金が約七五〇万円と評価額約一一〇〇万円の編機がある。

(一〇)  入国警備官から申立人らの引渡を受けた入国審査官は、申立人らに関する容疑事実について審査を行い、申立人X1については、昭和六一年一月八日、申立人X2については同月一〇日、いずれも法二四条一号に該当する旨の、申立人X3、同X4、同X5については、同月一六日、いずれも法二四条七号に該当する旨の認定をし、申立人らに対し、その旨の通知をした。

申立人らは、右認定に対し、いずれも口頭審理の請求をしたので、入国管理局特別審査官は、同年二月七日、申立人らについて口頭審理を行い、申立人らについての入国審査官の右認定にはいずれも誤りがない旨判定し、同日、その旨を申立人らに通知した。申立人らは、同日、法務大臣に対し、右判定について異議を申し出たが、法務大臣は、同年三月二八日、申立人らの異議申出はいずれも理由がない旨裁決し、その旨通知を受けた入国管理局主任審査官は、同年四月一七日、申立人らに対し、法務大臣の右裁決結果を告知した。

以上の事実が一応認められる。

3  右認定事実によれば、申立人X1及び同X2がそれぞれ法二四条一号に、申立人X3、同X4、同X5らがそれぞれ法二四条七号に該当することは明らかであるというべきところ、申立人らは、前記本案訴訟において、本件各令書発付処分及び本件裁決(以下これらを一括して、「本件処分」ともいう。)の取消しうべき瑕疵として、本件各処分について、世界人権宣言、市民的及び政治的権利に関する国際規約(以下「国際人権規約」という。)九条、一三条、二六条、難民の地位に関する条約の各違反、ひいては憲法九八条二項違反、また、憲法前文、一三条、三一条、一四条の各違反を主張し、更に、申立人らに対し、法五〇条所定の在留特別許可(以下「特在許可」という。)を与えなかつた本件裁決は、行政先例に反し、裁量権の範囲を逸脱した違法があり、これに基づく本件各令書発付処分もまた違法である旨主張する。

しかしながら、(一) 世界人権宣言は、それ自体国際法規範としての拘束力を有するものではなく、また、前認定のとおり、法律に基づく手続により行われた本件各処分が国際人権規約九条、一三条に違反するものでないことは明らかであり、更に、難民ではなく不法入国者である申立人らに難民の地位に関する条約が直ちに適用されるものではないことも明らかであるから、これら各国際法規違反による憲法九八条二項違反の主張は理由がない。また、憲法前文には裁判規範性が認められないばかりか、申立人らは長期間平穏な生活を営んできたとはいえ、それは不法入国後の違法状態の継続にほかならず、法による保護に値しないものであるから、その退去強制を行うことが個人の尊厳に反するものとはいえず、したがつて、また、憲法一三条に違反するともいえない。(二) 次に、申立人らに対し、法五〇条所定の特在許可がなされなかつた理由が示されなかつたとしても、もともと、後記のとおり、右許可は法務大臣の自由裁量に属するものであるうえ、法規上、理由を示すべき明文も存在しないのであるから、右の理由を示さなかつたことが適正手続に関する憲法三一条に違反するとはいえない。(三) 更に、特在許可は、法務大臣の裁量により、各事案を個別的に判断して行われるものであるから、長期間本邦に在留して生活の基盤が確立しているということのみで特在許可が与えられる行政先例が存在するとは考え難く、また、法務大臣に対する異議申出者の七割以上の者に特在許可が与えられているとしても、それは統計上の結果にすぎず、個別的な事情による不許可の事例も存在するのであるから、右統計値と長期間の安定した生活ということのみをもつて、申立人らに対して特在許可が与えられなかつたことが平等原則を定める憲法一四条、国際人権規約二六条に違反するともいえない。(四) 次に、特在許可を与えるか否かの判断は、法務大臣の自由裁量に属するもので、その判断は、国際情勢、外交政策等を考慮のうえ、行政権の責任において決定されるべきものであり、その裁量の範囲は極めて広いものであるところ、前認定の事実によれば、申立人X1は、戦前に本邦で出生したものの、昭和二〇年五月、四歳のときに母、兄とともに帰国し、昭和四三年、二八歳で本邦へ不法入国するまでは本国において生育、稼働し、殊に本国において商業高等学校までの教育を受けているものであること、申立人X2は、本国で出生、生育、稼働していたものであり、昭和四五年二九歳で本邦へ不法入国するまでは本邦とは何ら関わりもなかつたこと、申立人X1及び同X2らの不法入国の動機は、本国で従事していた農業では生活が苦しいため、本邦へ来れば働き口もあり生活が楽になると思つたという、いわゆる出稼目的であること、申立人X1及び同X2の不法入国は、先に申立人X1が入国し、次いでその援助によつて申立人X2が入国するという両者相謀つての計画的なものであること、しかも、申立人X2は、同X1との間の長女、次女を、幼年期であるにもかかわらず本国の親戚に預けたまま出国したこと、申立人X2は、一回目の不法入国の際には、偽名を用い、不法入国中の夫のことを秘したまま、一旦は強制送還を受けながら、わずか一〇か月後に再び不法入国をし、近時まで潜在していたものであること、申立人X1及び同X2は、不法入国後、いずれも一四ないし一八年間という長期間本邦において生活していたものではあるが、右生活関係は、もともと不法入国後本邦に在留するという違法状態の上に築かれたものであり、当初から違法状態の清算を余儀なくされることが予定ないし予測されていたものであるうえ、申立人X1及び同X2は、不法入国後に本邦でもうけた子の申立人X3、同X4、同X5を親戚の子として偽りの出生届を出して特例永住許可を詐取することなどの違法行為を行つていること、申立人X1は、本邦において預金等多額の財産を有しているから、これらを換金して持ち帰れば、日韓両国の貨幣価値の相違からみて、申立人ら家族の生活に当面不安はないと考えられること、申立人には本邦で扶養すべき親戚がなく、同居していたGも月額一七万円の賃料収入があるうえ、東京都に妹夫婦が居住しているから、申立人らによる扶養が不可欠とはいえないこと、本国においては、大学生にまで成長した長女や浪人中の次女がおり、その他にも申立人X1や同X2の親族、親戚がいること、申立人X3ら子供達の教育は本国においても十分に行うことができること等の事情が窺われるのであつて、これらの諸事情を総合して考慮すれば、法務大臣が申立人らに対し、特在許可を与えなかつた本件裁決が著しく妥当性を欠くものとは到底いえず、その裁量権を濫用し、またはその範囲を逸脱したものということはできない。

4  したがつて、本件各処分に申立人ら主張の前記取消事由が存在するものとは認め難いから、申立人らの右主張は理由がなく、本件執行停止の申立は、その本案について理由がないとみえるものといわねばならない。

三よつて、本件執行停止の各申立は、その余の点について判断するまでもなく理由がないからいずれもこれを却下し、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官山本矩夫 裁判官高橋正 裁判官植屋伸一)

別紙(一)

申立の趣旨

相手方が申立人らに対し発した昭和六一年四月一七日付退去強制令書発付処分に基づく各執行は、本案判決があるまで停止する。

との裁判を求める。

申立の理由

一、行政処分と取消訴訟の提起

申立人X1および同X2は、いずれも有効な旅券を所持せずに韓国から本邦に入国し、その余の申立人らは右両名の子であるが、昭和五九年七月五日相手方に対し右事実を申告したところ、大阪入国管理局入国審査官より出入国管理及び難民認定法(以下法という)二四条一号に該当すると認定され、口頭審理の請求をしたところ、同局特別審理官により右認定は誤りがない旨の判定を受けた。

そこで、申立人らは申立外法務大臣(以下申立外大臣という)に異議申出をなしたが、昭和六一年三月二八日申立外大臣は右異議の申出は理由がない旨の裁決(以下本件裁決という)をし、同年四月一七日相手方は申立人らに対し退去強制令書を発付した(以下本件処分という)。

申立人らは、本日申立外大臣及び相手方を被告として御庁に対し本件裁決及び本件処分の取消しを求めて訴訟を提起した。

二、本件裁決及び本件処分の瑕疵

1、申立人らの経歴は、本訴状請求の原因第二項記載のとおりであるが、本件裁決及び本件処分は、一四年もの間(申立人X1は一八年)平穏な生活を営んできた申立人らの生活を破壊し、韓国に追放処分をなすものであるから、申立人らにはかり知れない苦痛と不利益を与えるものであり、確立した国際法規というべき世界人権宣言九条、難民の地位に関する条約、国際人権規約九条、一三条に違反し、ひいては憲法九八条二項に違反するのみか、直接憲法前文及び一三条にも違反する。

2、本件裁決及び本件処分は、申立人らに対して何ら納得のいく合理的な理由を示すことなくなされたものであり、憲法三一条にも違反する。

3、申立人らの前記の如き事情、特に申立人X1は日本で出生したものの両親の離別の為、四才で母親につれられて韓国へ渡つたが、父を慕つて本邦に入国したこと、申立人X2は夫である申立人X1を頼つて入国したこと、密航に不法目的がないこと、在日中の真摯な生活態度、申立人らの安定した経済状態、申立人X3、同X4、同X5が日本人と同様の生活を送り、かつ教育を受けていること、申立人X2の実母、実弟はすべて本邦に居住していること、また、申立人らは義母Gと既に一〇数年間同居しており、Gは老齢のうえ、過去に胃、胆石、子宮等の手術を受けた病弱の身であり、現在申立人夫婦に扶養されているが、申立人らが強制送還されると本邦に頼れる身内は一人もいなくなり、たちまち路頭に迷わねばならない事情等を考えると、申立外大臣は申立人らに対し人道的見地からの配慮をすべきであつたのに、法五〇条一項所定の在留特別許可(以下特在許可という)を付与することなく、本件裁決をしたものであるから、本件裁決には裁量権の範囲を逸脱したか又は裁量権を濫用した違法がある。

4、申立外大臣に対する異議申出者の七割以上の者に特在許可が付与されているという過去の行政実態、夫婦とも不法入国した者であつても長期間本邦に在留して生活の基盤が確立している者に対しては、特在許可がなされることが多いという行政先例の存在に照らして、他に何ら特段の事情が存在しないにもかかわらず、申立人らに対し特在許可を付与しなかつた本件裁決は、憲法一四条、国際人権規約B規約二六条の平等原則に違反する。

三、執行停止の緊急性、必要性

申立人らに対する本件処分に基づき、申立人X1は大村入国者収容所に収容中であり、またその他の申立人らも収容されて韓国にいつ強制送還されるか知れない状態にある。

申立人らが強制送還されれば、本案の訴の利益が消滅することとなるとともに、収容それ自体が申立人らに対する精神的、肉体的苦痛の極めて大きいものであるから、本件処分の執行を停止すべき緊急の必要性がある。

別紙(二)

意 見 書

(意見の趣旨)

本件執行停止の申立てを却下する

申立て費用は申立人らの負担とするとの決定を求める。

(意見の理由)

本件執行停止の申立ては、行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)二五条二項及び三項の要件を欠き失当であるから、却下されるべきである。

以下この点につき、被申立人の意見を詳述する。

第一 申立人らの経歴と不法入国等の事実について

一 申立人らの地位

申立人X1、同X2、同X3、同X4、同X5は、いずれも韓国済州道北済州郡旧左邑金寧里九六二番地に本籍を有する韓国人である(疎甲第一号証)。

二 申立人X1及び同X2の出生と韓国における生活について

1 申立人X1は、昭和一五年八月四日大阪市住吉区桑津町において、韓国人父A、同母Bの間に三人の兄弟の三男として出生したが、同二〇年五月ころ母、兄らと共に韓国へ引揚げ、(なお、父は引揚げ用家財と貸金の回収のため本邦にとどまつた。)その後は本籍地の金寧国民学校、同中学校を経て済州商業高等学校を卒業し、その後は本籍地において母と農業に従事していた(疎乙第三八号証)。

2 申立人X2は、昭和一六年一月二六日韓国済州道北済州郡旧左邑西金寧里一〇三一において、韓国人父C、同母Dの間に長女として出生し、申立人X1と同じく金寧国民学校を経て同中学校を卒業し、以後出生地において農業に従事していた(疎乙第三九号証)

3 申立人X1と同X2は、昭和三六年四月四日韓国において結婚し(韓国戸籍への届出は昭和四〇年九月一三日)、同三九年九月一二日長女E、同四二年一月三日に次女Fをもうけ、申立人X1は約二年間の兵役期間を除き妻である同X2と共に本籍地において農業に従事していたものであり、今回不法入国するまで引続き韓国で生活していた(疎乙第三八号証)。

三 申立人X1及び同X2の不法入国及びその後の状況について

1 申立人X1は、やがて、本邦に居住していた父の勧めもあつて、本邦において稼働し仕送りする目的で不法入国することを計画し、妻同X2も後から不法入国することとし(疎乙第三八号証四項)、まず申立人X1が、昭和四三年八月八日韓国釜山港から本邦小倉港に有効な旅券又は乗員手帳を所持することなく不法入国した(疎乙第三七号証)。

不法入国後申立人X1は、大阪府吹田市○○○町二−五〇所在の父の家(現在は昭和五四年二月七日売買により申立人X1の亡父の重婚的内妻G名義となっている(疎乙第四一号証)。)に身を寄せメリヤス加工員等をして稼働を始めると共に、韓国にとどまつていた妻と連絡を取り合つていたが、昭和四五年に至り、申立人X2を本邦に不法入国させるため、前記Gを申立人X2の不法入国準備のために韓国へ赴かせた(疎乙第三八ないし四〇号証)。

2 申立人X2は、右計画のもとに先に本邦に不法入国していた夫申立人X1を頼つて出稼ぎ目的で昭和四五年一二月三〇日、本邦に第一回目の不法入国をしたが、不法入国後直ちに逮捕され、下関入国管理事務所(注・現在は広島入国管理局下関出帳所)において退去強制手続きを受け、その際偽名を使い、かつ、夫の不法入国潜在の事実を隠したまま帰国する旨の意思を表明したうえ、口頭審理の請求を放棄し、外国人退去強制令書を発付され、昭和四六年七月一〇日本国へ送還された(疎乙第一号証、第三九、四〇号証)。

なお、申立人X2は、右送還前の昭和四六年三月二四日、福岡地方裁判所で出入国管理令違反の罪により懲役六月、執行猶予二年の判決を受けた(疎乙第四四号証)。

3 申立人X2は、本国へ送還された後も何ら反省することなく、かえつて直ちに本邦に再度不法入国するため夫申立人X1と相図り(疎乙第三九号証一〇項)、送還を受けた約一〇か月後の昭和四七年五月一七日、出稼ぎ目的で有効な旅券又は乗員手帳を所持することなく、かつ、本国に長女、次女を残したまま単身本邦へ第二回目の不法入国を行つた。そして、その後前記1記載の居住地で夫と同居し、本邦において長男申立人X3、次男同X4、三女同X5をもうけるとともに自らも夫同様前記住居でメリヤス加工に従事した。申立人X1及び同X2は、昭和五九年七月五日、右不法入国の事実を夫と共に大阪入国管理局(以下「当局」という。)に申告したが、それまでは夫と共にひそかに本邦に潜在していたものであり、また、右申告に至つた動機は、不法入国をした隣人が入管当局に逮捕されるということがあつたからである(疎乙第四〇号証1項)。

なお、申立人X1は、昭和六〇年五月一五日、同X2は、同月三日、大阪地方裁判所において、外国人登録法違反によりそれぞれ懲役八月執行猶予二年、懲役一年執行猶予三年の判決を受けている(疎乙第四二、四三号証、第四五、四六号証)。

四 申立人X3、同X4、同X5の出生と不法残留について

申立人X3は、昭和四八年二月三日、同X4は、昭和四九年三月二四日、同X5は、昭和五二年一月一〇日、大阪市大淀区内において、申立人X1と同X2を両親として出生したものであるが、申立人X1、同X2は自ら不法入国事実の発覚をおそれて、申立人X3、同X4については申立人X1の父の従弟H、同人の妻I夫婦の間に出生したものと偽つて、また、申立人X5についてはIの非嫡出子として偽つて、それぞれ出生届、外国人登録及び在留資格を取得した上(法二二条の二、二項)、昭和五六年五月一二日に至り出入国管理及び難民認定法(以下、「法」という。)附則第七項二号に該当する者、すなわち戦前(昭和二〇年九月二日以前)から引続き本邦に在留している者の直系卑属と偽り特例永住許可の申請を行い同許可を詐取したが、両親の不法入国事実の発覚に伴い同六〇年八月三〇年八月三〇日当該永住許可が取消された(疎乙第三七号証、第三九号証)。

第二 本件退去強制令書発付の経緯

申立人らについて法二四条一号に該当する旨の認定がなされ、退去強制令書(以下「退令」という。)が発付されるまでの退去強制手続の経緯は次のとおりである。

一 入国審査官による認定とその通知

(X1)

昭和六一年一月八日 法二四条一号に該当する旨認定し、通知(疎乙第二号証、第七号証)

(X2)

昭和六一年一月一〇日 同右(疎乙第三号証、第八号証)

(X3、X4、X5)

昭和六一年一月一六日 法二四条七号に該当する旨認定し、通知(疎乙第四ないし六号証、第九ないし一一号証)

二 特別審理官による判定とその通知

(申立人ら)

昭和六一年二月七日 前記認定に誤りがない旨判定し、通知(疎乙第一二ないし二一号証)

三 法務大臣に対する異議の申出

(申立人ら)

前同日 異議の申出(疎乙第二二ないし二六号証)

四 法務大臣による裁決

(申立人ら)

昭和六一年三月二八日 異議の申出は理由がない旨裁決(疎乙第二七ないし三一号証)

五 主任審査官による裁決の告知及び退令の発付

(申立人ら)

昭和六一年四月一七日 前記裁決を告知し、退令を発付(疎乙第三二ないし三六号証)

六 退令の執行と仮放免

(申立人ら)

昭和六一年四月一七日 退令を執行し当局に収容

(X2、X3、X4、X5)

右同日 仮放免許可(疎乙第三三ないし三六号証)

(X1)

昭和六一年四月二五日 仮放免許可

同年五月二三日 仮放免許可期間満了により当局収容

同年五月二六日 大村入国者収容所に移送し現在同所に収容中(疎乙第三二号証)

第三 本件申立ては、本案について理由がないことが明らかであることについて

一 本件発付処分の適法性について

主任審査官による退令発付処分は、退去強制事由の存在を肯定した入国審査官の認定が確定した場合、すなわち、容疑者が認定に服し口頭審理を請求しなかつた場合(法四七条四項)、特別審理官が認定に誤りがない旨判定し、容疑者が当該判定に服し、異議の申出をしなかつた場合(法四八条八項)、あるいは法務大臣が異議の申出は理由がない旨裁決した場合のいずれかの場合になされるものであつて、これらの場合、主任審査官は必ず退令を発令しなければならず、そこには何ら裁量の余地は存しないのであるから、退令発付処分の性質は羈束処分であることが明らかである。

本件の場合は、前記二記載のとおり、入国審査官による認定、特別審理官による判定及び法務大臣の裁決を経て主任審査官により適法に退令発付処分がなされたものであることは明らかであるから、そこには何らの違法はない。

二 本件裁決の適法性について

1 法五〇条所定の在留特別許可(以下「特在許可」という。)を与えるか否かの判断は、法務大臣の自由裁量に属するものであり(最高裁昭和三二年六月一九日判決・刑集一一巻六号一六六三ページ、東京高裁昭和三二年一〇月三一日判決・行裁例集八巻一〇号一九三〇ページ、最高裁昭和三四年一一月一〇日判決・民集一三巻一二号一四九三ページ)、しかも、特在許可は、法務大臣が当該外国人の個人的事情のみならず、国際情勢、外交政策等の客観的事情を総合的に考慮したうえその責任において決定されるべき恩恵的措置であつて、その裁量の範囲は極めて広いものであり(前記東京高裁判決参照)、それゆえ法務大臣の右判断は十分尊重されてしかるべきものである。

このように法務大臣による特在許可の拒否の裁量は、広範な自由裁量に属するものであるから、当該裁量が違法とされるのは、裁量権の濫用又はその範囲の逸脱がある場合に限られるものであり、かつ、前述のような特在許可の法的性質を考慮すると、右裁量権の濫用又はその範囲の逸脱があるとされる場合とは、特在許可を与えないとした判断が、事実の基礎を欠くか、又は右判断が社会通念上著しく妥当性を欠くことが明白である場合に限られるというべきである(最高裁昭和五三年一〇月四日判決・民集三二巻七号一二二二ページ・マクリーン最高裁判決参照)。

2 そこでこれを申立人らの個人的事情についてみるに、前記第一に述べたごとく申立人らに関しては次のような事情があり、このことからすれば裁量権の濫用・逸脱とされる限定的場合に当たるとは到底認められるものではない。

(一) 申立人X1は、戦前本邦において出生しているが、昭和二〇年五月、満四才の時に母、兄と共に帰国し、以後は、昭和四三年に二八才で本邦に不法入国するまで本国おいて生育・稼働しており、その間本国において商業高等学校までの教育を受けているものである。

(二) 申立人X2は、本国で出生・生育・稼働していたものであり、昭和四五年に二九才で本邦に不法入国するまで本邦とは何らの関わりもなかつたものである。

(三) 申立人X1、同X2は、本国において従事していた農業では高収入を得られないため、「日本に行けば働き口があり、生活も楽になる」(疎乙第三八号証)との考えのもとに、いわゆる出稼ぎ目的で不法入国したものであり、右入国の動機において全く同情すべきものはない。

また申立人X1、同X2の不法入国の態様についてみても、まず夫である申立人X1が不法入国し、一応の生活の目途をつけたうえ、妻である申立人X2が申立人X1の手引によつて不法入国するという事前計画を立ててなされたものであり、加えて、申立人X2においては、一回目の不法入国が発覚し処罰を受けているにもかかわらず、何ら反省することなくあえて不法入国したというものであつて悪質であるというべきである(疎乙第三八号証四項)。

なお、我が国は、申立人のような、出稼ぎのための外国人の入国を一切認めておらず、まして、移民の受け入れとなるような定住、永住を目的とする者の入国は認められないこと多言を要しないのである(疎乙第六二、六三号証)。

(四) 申立人X1は不法入国後メリヤス加工に従事し、再び不法入国してきた妻申立人X2と同居し長男申立人X3、次男同X4、三女同X5(以下申立人X3ら」ともいう。)をもうけたものである。

しかし、申立人X1、同X2は、右不法入国の方法、態様からみて、右事実が発覚すれば本邦から強制送還されることを十分認識していた(疎乙第三八、三九号証)ものであり、また、右申立人らの本邦における生活関係は、違法状態の上に積み重ねられてきたものであつて、右申立人らが送還により本邦での生活関係を維持し得なくなり、清算を余儀なくされるとしても、それらは当初から客観的に予定されていたものとして当然の結果である(最高裁昭和五四年一〇月二三日判決、疎乙第五一号証)。したがつて、仮に、右清算により申立人らにおいて不利益を被るとしても、それは同人らにおいて受忍すべきものであつて、申立人らは、本件裁決及び本件発付処分が「一四年もの間(申立人X1は一八年)平穏な生活を営んできた申立人らの生活を破壊」するものであると主張するが(本件執行停止申立書二1)、そのことをもつて特在許可を与えるべき理由にはならないというべきである。

(五) 申立人X1及び同X2の本国における経歴、年令、健康状態などからみて、申立人ら家族が本国においてその生活を維持することには何ら障害はない。

また、申立人X1は、現在本邦において銀行預金約八〇〇万円、編機等(評価額一一〇〇万円)を所有しており(疎乙第三八号証八項)、本国に帰国する際にはそれらを払戻しあるいは換金して相当額の現金を持ち帰ることができるのであつて右金額は日韓両国の貨幣価値の相違を考えれば、相当高額に達するものであるから、韓国における申立人ら家族五人あるいは七人の生活に何ら不安はない。

(六) 申立人らは、さらに、「密航に不法目的がないこと」、「在日中の真摯な生活態度」、「申立人らの安定した経済状態」、「申立人X3、同X4、同X5が日本人と同様の生活を送りかつ教育を受けていること」から法務大臣が申立人らに対し人道的見地から配慮をすべきであつて特在許可を与えるべきであつたと主張するが(前記申立書二3)、密航に不法目的がないことについては、我が国への不法入国者は出稼ぎの目的をもつて不法入国する者であるのが通例であり、したがつてその目的に不法目的が無いことをもつて特に有利な事情として考慮すべき理由はないというべきである。

また、仮に、韓国での生活が、本邦における生活より苦しいものであるとしても、それを理由に本邦定住が認められるものでもない。すなわち、我が国は、申立人らのような、出稼ぎのための外国人の入国を一切認めておらず、まして、移民の受け入れとなるような定住、永住を目的とする者の入国は認められないことは多言を要しない(疎乙第六二、六三号証)。

そして、申立人らの不法在留中の生活態度や経済状態、さらに申立人X3、同X4、同X5ら(以下、「申立人X3ら」ともいう。)が日本人同様の生活を送り教育を受けていることについては(疎甲第二号証の一ないし三)、前記(四)記載のとおりいずれも申立人X1及び同X2が不法入国したことによつて違法状態の上に積み重ねられてきたものであり、その上、正規に本邦に在留している夫婦の間に生まれた子供あるいは夫の死亡後は寡婦の非嫡出子と偽つて本邦小・中学校に入学したものであることからしても、これらをもつて特在許可を与えるべき理由にはならないというべきである。申立人X3らは、申立人X1及び同X2を父母とし、その扶養を受けている者であるから父母とともに本国へ帰国することは当然であつて、申立人X3らが仮に日本人と同様の生活を送り、かつ、教育を受けていたとしても、それが申立人ら一家五人が本邦に在留しなくてはならない理由とは認められず、申立人X3らについては帰国後は本国の教育機関で教育を受け自国語も学べるのであるから(疎乙第六一号証)、申立人X3らの教育問題を強制送還の障害事由とみることはできない。

(七) 申立人X1が住んでいる家の所有者であるGは、申立人らが強制送還されると本邦に頼れる身内は一人もいなくなり、たちまち路頭に迷うとも主張するが、同人は家の一階部分を賃貸し毎月一七万円の収入がある上、同人の妹が東京都保谷市×町三−一九−一〇に居住しているのであるから(疎乙第三八号証)申立人らの主張は失当である。

(八) さらに、申立人らは本件裁決等の取消を求める本案訴訟の訴状において、申立人X2の母D、弟らすべてが特別在留許可を付与されて本邦に居住していると主張するが、Dは昭和二八年ころ「ポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件に基く外務省関係諸命令の措置に関する法律」(法律第百二十六号)二条六項該当者(以下、「法一二六−二−六該当者」という。)の夫と同居目的でDの次男(申立人X2の弟)L(一九四五年一月一五日生)と不法入国し、また、Dの長男(申立人X2の弟)M(一九四三年一〇月一〇日生)も昭和三七年五月ころ本邦に不法入国したものであるが、Dは正規在留の夫C(昭和五三年九月二六日死亡している。)とその間に本邦で出生した正規在留の三男N、四男O、五男Pと生活し、長男M及び次男Lもそれぞれ本邦に正規に在留する法一二六−二−六該当者の妻と昭和四二年二月及び昭和四八年三月に結婚をし(婚姻届はMは昭和四六年一〇月二七日、Lは昭和五〇年五月二八日)その間に生まれた正規在留の子供らと生活するなど、その家族事情など個人的事情のみに限つてみても申立人らとその事情を大きく異にするのである。

また、母、弟らとの相互の交流は、X2の母、弟らが本国を訪問することにより、あるいは、申立人らが本邦から退去後一年すれば韓国旅券を取得した上適正査証を得て母弟らを訪問することによつて可能となるものである。

(九) 申立人X1及び同X2には同時に退去強制令書を発付された申立人X3らを除いて本邦にその扶養を必要とすべき親族は在住しておらず、むしろ本国には申立人X1の長女E、次女F及び兄Kが居住しているのであるから、申立人らのみが本国で生活を維持できないとは考えられないところであり、また、本国で申立人X1の義叔母J(六五歳)と同居している長女、次女に年平均二〇万円を送金しているのであるから他人任せにすることなく本国において親としてこれら長女、次女に対し必要な限り扶養の義務を尽くすべきである。

以上の事情を考慮すれば、申立人らに対し、特在許可を与えないとした法務大臣の裁量には、その判断の前提となつた事実関係にも明白な誤りはなく、かつ、その判断が社会通念上著しく妥当性を欠くことが明白であるとは到底いえないのであるから、何ら裁量権を濫用し、その範囲を逸脱したものといえない。

また、申立人らのような不法入国者の在留を認めないことは、後を絶たない不法入国(我が国にいかに多数の韓国人が密入国しているかは申立人らが入国状況を供述している疎乙第三八、三九号証からもうかがえる。)の抑止的効果を含め出入国の公正な管理を図るという法一条の目的からしても適法な処分であることは、疑う余地がないといわねばならない。

三 世界人権宣言、市民的及び政治的権利に関する国際規約(以下、「国際人権規約」という。)、難民の地位に関する条約等の国際法規に違反する旨の主張について

右のうち「人権に関する世界宣言」は、その前文が示すごとく、「全ての人類と全ての国とが達成すべき共通の基準として」布告されたものであるから、それ自体が国際法規範としての拘束力を有するものではない。また、これは、勧告以上のものでもなく、あくまで道義の次元のものであることは最高裁判所の判決を始め多数の裁判例の示すところでもある(最高裁昭和五五年一月二四日判決・訟務月報二五巻五号一三八二ページ)。

次に、国際人権規約については、その九条は、何人も恣意的に逮捕又は抑留されないこと、すなわち、法律で定める理由及び手続によつてのみ身体の自由を奪われること、また、一三条は、外国人は、法律に基づいて行われた決定によつてのみ追放されることをそれぞれ中核として定めた手続規定であるところ、申立人らが主張するように、一定の事情の存在を前提として外国人の追放を禁ずるというような実体的規定でないことは明らかである。しかして、本件裁決及び本件発付処分が、法律に基づく手続に依拠してなされたものであることは前記第二で述べたところからも、また疎明資料からも明らかである。

なお、難民の地位に関する条約は、難民であるとの認定を受けて始めてその適用があるところ、難民であるとの主張もせず、また、そのような事情にはない申立人らにその適用を論ずる余地はない。

以上のとおり、申立人らの前記主張は理由がないものである。

四 憲法前文、同一三条及び同三一条に違反する旨の主張について

憲法前文は、国政の指針とすべき一定の理念を定めたものと解することが相当であり、そこには裁判規範性を認めることはできない(札幌高裁昭和五一年八月五日判決・行裁例集二七巻八号一一七五ページ)とされている。

次に、申立人らのような事情にある不法入国者を退去強制することが直ちに「個人の尊厳」に反すると言えるものでないことも明らかであつて、本件裁決は憲法一三条にも違反しない。

また、本件裁決が法律の定める手続に則りなされたものであることは既に明らかにしたとおりであつて、何ら違法はない。

申立人らは、本件裁決等の手続が合理的な理由を示さずに行なわれたとし、憲法三一条に違反する旨主張するが、本件手続は、申立人らが不法入国及び不法残留した者であるという明確な事実を挙示してなされたものであることは、これまでに被申立人が提出した資料により明らかであり、何ら違法なところはない。仮に、右主張が法五〇条所定の特在許可が付与されなかつたことに関するものであるとしても、前述のとおり同許可の許否の判断は法務大臣の広範な自由裁量に属するものであるから、その判断の理由は、特にこれを示すべきであるとする法律の規定がない以上何ら示す必要はなく、憲法の右規定もこの結論を左右するものではない(東京高裁昭和五四年一月三〇日判決、訟務月報二五巻五号一三八二ページ)。

以上のとおり、申立人らの憲法違反に関する主張も全く理由のないものである。

五 行政先例違反、平等原則違反の主張について

申立人らは、本件裁決等は、過去の行政先例に照らして、憲法一四条、国際人権規約B規約二六条の平等原則に違反する旨主張する。

しかし、特在許可の許否の裁量においては、前述のとおり当該外国人の個人的事情及び公益にかかる国内事情並びに国益にかかるその時々における外交関係などの客観的事情が総合的に考慮されているのであるから、そこにおいては特定の事案と対比し得る行政先例の存在成立する余地は全く無い(最高裁昭和五五年一〇月二三日判決、疎乙第五二号証)。ちなみに、申立人らのいう夫婦とも不法入国した者で長期間本邦に在留して生活の基礎が確立している者たちといつても、その入国時期、動機、方法の一つをとつてみても画一的でなくその個人的事情においてはまさに千差万別であり、本件同様法務大臣の特在許可を付与しない処分を争つた事案においても、現に申立人らのいうような行政実態、行政先例など全く存在しないものであるとしていずれも法務大臣の処分を適法としているものである(疎乙第四九、五〇号証)。

仮に、申立人ら主張のような行政先例なるものを想定したとしても、先例と相違することをもつて、直ちに裁量権の濫用ないし逸脱があるといえるものではない(東京高裁昭和五四年一月三〇日判決、疎乙第四七号証参照)。

なお、申立人らは、異議申出者の七割以上の者に特在許可が付与されているという過去の行政実態を指摘するがそれは、たまたま統計結果がそうなつたと言うにすぎず、このような統計的事実によつて特在許可自体の法的性質に変化を来たすものでないことは明らかであり、また、特在許可を付与されている者の個々の事情については諸々の場合があり、それゆえ右七割以上との割合のみをもつて本件申立人らについても、特在許可が付与されるべきであるということにはならないのである。

六 以上のとおり、本件申立ては、本案について理由がないことが明らかであるから、行訴法二五条三項後段の規定により、不適法として却下されるべきである。

もつとも、行訴法二五条三項後段の右要件の判断に当たつては、被申立人の主張事実をすべて認めながら、それ以上に申立人が後段の事情を主張疎明しているものでもないのに「法務大臣が裁決に当つて、在留特別許可を与えなかつたことが、裁量権の逸脱ないし濫用である旨の主張は、明らかに失当であるとはいえないうえ、本案訴訟において、右の主張が認められる余地が全くないわけではないから、本案について理由がないとみえると断定することはできない。」との判断のもとに右要件の存在を否定する決定例が存するが、右のような判断は失当である。

行訴法二五条三項所定の「本案について理由がないとみえるとき」の類型としては、①本案について理由がないことが明白であるときの外に②処分が一応適法で申立人の全疎明によつても違法であるとすることができないときが、その一類型として掲げられ、右②の場合に関し、「被申立人によつて、処分の適法要件が具備されていることが疎明されると、その処分は「一応公共の福祉に合致するものというべきであるから」申立人において処分が適法でないこと又は処分が違法であることを疎明しない限り処分が違法ではないとの疎明があつたこととなる」(緒方節郎「行政処分執行停止」裁判法の諸問題(上)七〇五ページ)とされている。また、本案について理由がないとみえることの心証は、「証明に比し、より低度の蓋然性、多分、おそらくはそうであろうという程度の蓋然性をいう」(菊井―村松・民事訴訟法Ⅱ二一七ページ)とされる疎明で足りるということも忘れてはならない(以上につき緒方前掲論文七〇二ページ以下)。このような考え方のもとに「本案について理由がないとみえる」かどうかが判断されるべきであるところ、これを本件の場合について検討すると、法務大臣の本件裁決が適法要件を具備していることは前述したところから明らかであり、それに加えて、本件のような法務大臣の裁決が適法か違法かは、不法入国者等に対し、法務大臣が、特在許可を与えなかつたことが裁量権を濫用し、その範囲を逸脱したかどうかによつて決せられるべきところ、右法務大臣の裁量の範囲は極めて広いものであり、それゆえ法務大臣の右判断が十分尊重されるべきであることに照らすと、被申立人が主張、疎明した前述の事実関係からすると、法務大臣が裁量権を濫用し、その範囲を逸脱したとは到底いうことができず、このことは申立人ら提出の疎明を考慮しても覆えるものではない。

また裁判所において法務大臣が右裁量権を濫用し、その範囲を逸脱したかどうかについて判断するに当たつては、過去における不法入国者に対する退去強制令書発付処分等取消請求事件において、法務大臣が右裁量権を濫用し、その範囲を逸脱したと判示された事例があるかについても、考慮されるべきである。けだし、本案訴訟において、申立人(原告)の主張が認められ請求が認容されることが原則として存しない以上、執行停止申立事件において「本案について理由がないとみえるとき」に当たるものとは断定し得ないなどとして、具体的根拠も存しないのに将来において立証等がなされるかもしれないとの危惧のもとに判断することが誤つていることを示すからである。そこで、過去の裁判例をみてみると、本件のような事案において、法務大臣が特在許可を与えなかつたことにつき、裁量権の行使が違法であると判示された事例は皆無である。もつとも、不法入国事案において、今日までに一審において被告が敗訴した事案は四件あるが内三件(疎乙第六二号証一八七ページ掲記の三件であり、その事例は、一九〇ページ⑤、⑧及び一九一ページ⑭掲記のものである。右各ページの記載からも明らかなように、⑤の事案は、一審判決後訴えが取下げられ、⑧及び⑭の事案は、いずれも控訴審において原判決取消し、原告の請求棄却の判決が言渡され、上告審において上告棄却の判決で終了している。)は、法務大臣の右裁量権の行使の適否が争われたものではなく(右⑤につき一九〇ページ、右⑧につき二〇三ページ、右⑭につき二〇六ページ参照)、また、内一件(大阪地裁昭和五九年七月一九日判決・判例タイムズ五三一号二五五ページ)は、本件とは事案を異にし、現に大阪高裁第一二民事部において係争中のところである。

このような過去の裁判例に照らしても、本案訴訟において法務大臣の裁量権の行使が違法であるとされることは皆無に等しいということができ、それゆえ「本案について理由がないとみえるとき」に当たらないとか、断定することができないという判断は慎重になされるべきであり、それがいい得るのは、申立人において、申立人に対し特在許可を与えるべきであるとする積極的な特段の事情を疎明した場合に限るべきであるというべきであり、本件の場合にそのような事情が主張すらされていないことはいうまでもない。

さらに、退令発付処分等取消請求訴訟を本案とする執行停止申立事件において、「本案について理由がないとみえるとき」に当たることを理由に執行停止申立てを却下した決定例は、次のとおり多数存在し、これら決定の趣旨は、本件においても十分に参考とされるべきである。

大阪高裁昭和五一年七月一九日決定(疎乙第五三号証)

大阪高裁昭和五五年九月二二日決定(疎乙第五四号証)

名古屋地裁昭和五〇年四月三日決定(疎乙第五五号証)

名古屋地裁昭和五三年七月一四日決定(疎乙第五六号証)

東京地裁昭和五三年三月一七日決定(疎乙第五七号証)

東京高裁昭和五七年一一月一六日決定(疎乙第五八号証)

大阪地裁昭和六〇年一一月八日決定(疎乙第六五号証)

大阪地裁昭和六一年六月一七日決定(疎乙第五九号証)

以上述べたところをご覧察のうえ、本件につき「本案について理由がないとみえるとき」に当たるとの判断がなされるよう切望する次第である。

第四 回復困難な損害を避けるための緊急の必要性の存しないことについて

一 申立人らは、退令を執行されると本案の訴えの利益が消滅することになる旨主張する。

しかし、退令の執行により申立人らが韓国に送還されたとしても、その後、仮に申立人らが本案訴訟に勝訴したときは旅券等を所持して本邦に正規入国することは可能であり、その場合においては、法五条一項九号後段の適用を免れるうえ、本邦での在留が容認されるのであるから、退令の執行が本案訴訟の訴えの利益を消滅させるものではなく、また、申立人らの提起した本案訴訟には訴訟代理人が選任されており、国際電話等の利用も可能であるから、訴訟追行には何ら支障はないというべきである。よつて、申立人らの右主張は失当である。

二 申立人らは、収容それ自体が申立人らに対する精神的、肉体的苦痛の極めて大きいものである旨主張する。

ところで、行政処分の執行により発生する損害が、行政処分の根拠法たる法律がその処分の執行につき通常発生するものとする範囲内のものである限り、受忍限度内のものとして行訴法二五条二項にいう「回復困難な損害」には当たらないというべきである(緒方節郎前掲論文六九二ページ)ところ、申立人らに対する収容の継続が仮に申立人らに対し多小の肉体的精神的苦痛を与え稼働の面や学業、教育上又は保育上において支障を生じるとしても、それが退去強制令書に基づく収容に通常随伴して発生する範囲内のものである限り法の予見容認するところである。

しかして、法五二条五項にいう収容は、強制令書の発付を受けた者につき、送還が可能になるまでの間、その身柄を確保するとともに本邦内において従前のごとくに在留活動をすることを禁止することを目的とするものである(疎乙第六四号証)から、右のような不利益が仮に存したとしてもそれは収容部分を執行されることによつて通常生ずべき損害に過ぎないものであり、回復困難な損害には当たらないものである(大阪高裁昭和四五年三月一九日決定・行裁集二一巻三号五一八ページ、大阪高裁昭和六一年六月二六日決定、疎乙第六〇号証等)。

三 しかるに退令に基づく執行のうち、その収容部分までをも行訴法二五条二項により停止することは、法による外国人在留管理行政の根幹たる在留資格制度(法一九条一項)を混乱させるものであつて、正に行訴法二五条の定める執行停止制度の濫用となるものというべきである。

すなわち、行訴法二五条一項は、まず「執行不停止の原則」を掲げ、同条二項、三項において例外的に執行を停止しうることを規定しているが、これはあくまでも申立人らが現在保有している権利・利益の保全のため暫定的措置として認められているものである。

したがつて、行政処分の執行を停止する場合には、正当な権利・利益の暫定的保全という目的達成のため必要最少限の範囲に止めるべきであり(ジュリスト二〇七号七二ページ)、その範囲を越え結果として新たな行政処分がなされたと同一の状態を招来し、被処分者に対して新たなる利益の保持を可能ならしめるような執行停止はその濫用になるといわねばならず、ひいては司法が行政権限を代行したと評し得ることともなり、「三権分立の原則」にも反することとなるのである。

退令収容の執行停止がなされた場合には、被退令発付者たる申立人らに対し、相当長期間にわたる本邦在留を可能ならしめ、しかも入国審査官等による上陸許可、法務大臣による在留資格取得許可あるいは特在許可と経ないまま、司法機関の決定によりあたかも不法入国し、違法に在留していた状態と何ら変らない状態を作り出すものである。したがって、その場合法七条一項各号所定の上陸許可の条件は何ら考慮されず、また、法一二条の二第三項において準用する法二〇条三項にいう在留資格の変更を適当と認めるに足りる相当の理由があるか否かの判断並びに当該在留資格に属する者の行うべき活動に係る行政の所管大臣との協議もなされず、さらには、法五〇条により法務大臣が特在許可を与える場合考慮される国際情勢、国内政策その他主観的、客観的事情についての判断もなされないまま不法入国者を日本社会の中に放免する結果となるのである。

法律による厳格な手続きを経た後、初めて許される外国人の本邦在留(それも在留資格、在留期間による制約がある。)が、司法機関により、手続的には略式の保全訴訟手続を定めた行訴法の執行停止制度により簡単に、しかも、正規に入国あるいは在留を許可された者よりも格段有利な条件(正規に在留している外国人が本邦在留するにつき種種の規制を受けているのに比して何らの規制も受けることなく日本国民と何ら変らない活動をすることがあたかも公認されたような状態)によつて許容され得ることは法により厳格に定められている在留資格制度を混乱させるものであり許されるべきではない。

以上のとおり、本件退令収容部分まで執行停止をすることは行訴法上の執行停止制度の趣旨に反し、その濫用となるものであることは明らかである。

申立人X2、同X3らについて、本件各退令に基づく収容部分の執行を停止すべき緊急の必要性がないことについて

申立人X2、同X3らについて、本件各退令に基づく送還部分の執行が停止されるべきでないことは前記のところから明らかであるが、仮に、右送還部分の執行が停止されることがあつたとしても、前記第二、六記載のごとく右申立人らに対し、仮放免が許可されているものであるから、現時点においては申立人X2、同X3ら本件各令書に基づく収容部分の執行を停止すべき緊急の必要性はないというべきである(大阪高裁昭和五〇年八月二八日決定・訟務月報二一巻一〇号二〇八四ページ、大阪高裁昭和五〇年九月九日決定、疎乙第四八号証)。

第五 退令の執行を停止することが公共の福祉へ重大な影響を及ぼすおそれがあることについて

一 退去強制の実施については、被退去強制を速やかに所定の送還先に送還し、もって我が国社会にとつて好ましくない外国人を排除するという目的を達するため、その時期、方法等について高度の政治的判断、応変の措置等が必要とされるのであり、退令の発付を受けた者が抗告訴訟を提起し、あわせて退令の執行停止を申し立てた場合、単に本案訴訟の提起、係属を理由に安易に退令に基づく送還停止を認めるとすれば、本案訴訟の係属している期間中、このような不法入国者の送還を長期にわたり、不可能とすることになり、出入国管理行政を長期間停滞させるとともにはなはだしい打撃を与えているばかりか、送還先の国(本件の場合は申立人X1及び同X2が密出国した韓国)の受け入れ準備を無意味ならしめ、日本国の国際上の信用を著しく損なうものであつて到底容認し得ないものである。

二 前記のとおり、退令を発付された者は、その執行を受け収容されることになるが(法五二条五項)、この退令収容の目的は単に送還のための身柄の確保のみならず、被退去強制者を隔離してその在留活動を禁止することにある。

一方、退令を発付された外国人は、退令収容された場合でも収容を継続することが妥当性を欠くなどの事態に至つた場合には、住居及び行動範囲の制限、呼出しに対する出頭の義務、その他必要と認める条件を付し、更に三〇〇万円以内の保証金を納付させ、保証人を立てさせる等して在留活動を制限し例外的措置として期限を区切つて仮放免をなすことができることとなつている(法五四条二項)。

しかるところ、仮に退令発付された申立人らに対して、送還部分のみならず収容部分までその執行を停止することになれば、正式に入国し適法に在留する外国人が法による規制を受けるのに比し、違法な入国、不法に在留する者らが法の定める何らの規制を受けることなく全くの放任状態のまま司法機関によつて公認された形で在留させる結果になるのである。

このことは、裁判所が行政処分に積極的に干渉して仮の地位を定める結果を招来し、行訴法四四条の趣旨に反し三権分立の建前にも反するものであるばかりか法の定める外国人管理の基本的支柱たる在留資格制度(法第一九条第一項)を著しく混乱させるものであり、仮放免許可と異なり申立人を何らの規制を受けることなく野放し状態で在留させることとなるのである。

また、収容部分までの執行を停止するとすれば、申立人らの仮放免中、保証金を納入させる等の逃亡防止を担保するいつさいの手段がなくなり、逃亡により退去強制令書の執行を不能にする事態も当然考えられるのであり、このような事態は本件同様、不法入国する者を誘発、助長するものであつて、公共の福祉に重大な影響を及ぼすものである。

第六 以上のとおり、申立人らの本件申立は、いずれも執行停止の各要件を欠くものであるから、貴裁判所におかれては速やかに本件申立を却下されるよう意見を申し述べる次第である。

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